おおきに京都 ブログ

慣れ親しんだ京都の町に感謝して書くブログです。その他私の趣味などについて書ければと思っています。

崇道神社にて

三宅八幡宮小野妹子の関係性を知って興味を持った「崇道神社」に行くことにした。最寄りのバス停は京都バス「上橋(かんばし)」。叡山電鉄の「八瀬比叡山口」駅からは少し長く歩くことになる。

京都バス「上橋」停留所 奥に見える赤いノボリ付近が崇道神社

崇道神社に到着。かなり雰囲気のある神社だ。以前、知人から「大いなるもの?」が封じられていると聞いたことを思い出した。

正面 一の鳥居前 鳥居は三つあります

崇道神社由緒書き 正面向かって左側に設置

「大いなるもの」とは、「早良(さわら)親王の霊(無念)」だったのだ。

小野毛人墓由緒書き 正面向かって右側に設置

小野毛人墓誌』は京都国立博物館に保管されているらしい。実物見ることはできるのかな?

参道を奥に進む。三つ目の鳥居を過ぎると二手に分かれる。

石段を上がると本殿 右側は小野神社へ

まずは「小野神社」へ向かう。

小野神社

小野毛人墓への入口 小野神社の手前にあります

毛人の墓へは、ここから山に入ります。かなり険しく、道も分かりにくいので2人以上で入った方がよいでしょう。私は一人で入りましたが途中で怖くなって帰ろうかと思ったほどでした(妻にバレたら怒られるな…)。かなりしんどい思いをして何とか辿り着きました。

小野毛人

毛人墓から市内を望む

毛人の墓を後にして、本殿へ向かいます。下りはよりしんどいです。

本殿へ

本殿 どうか心安らかに…

毛人の墓から降りてくるとき、木々の隙間にちょうど、本殿付近の屋根が見えました。調べてみると、小野妹子聖徳太子に、小野毛人天武天皇(在位673~686)、小野毛野(おののけぬ)は持統天皇(在位690~697)、小野馬養(おののうまかい)は文武天皇(在位697~707)に仕えている。皇室とは深い関係にあると思われます。桓武天皇(在位781~806)は謀反の早良親王の霊を鎮めるために、小野氏の力をもって鎮めさせたのかもしれませんね。

“考古学で一番大切なのは直感に導かれた大胆な発想だよ”

漫画『MASTER KEATON(著者:浦沢直樹/スタジオ・ナッツ・勝鹿北星長崎尚志) 第2巻 CHAPTER6 屋根の下の巴里 ユーリー・スコット教授の言葉』

考古学ではないかもしれないが、自由な発想で思いを巡らせることは楽しいものです。

※写真はすべてNikon COOLPIX S3300で撮影